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黄金の国日本における金の採掘の歴史とは?

あなたは「黄金の国ジパング」という言葉を耳にしたことがありますか?
これはマルコ・ポーロが13世紀末の日本に訪れた際に、その様子を記した「東方見聞録」において記した言葉です。

海外から見ると「金」がたくさんある国というイメージを持たれていた日本ですが、その採掘にはどんな歴史があったのでしょうか?
今回は日本における金の採掘の歴史をご紹介します。

昔は金を朝鮮半島から持ち込んでいた?

日本で金の採掘が盛んになるのは17世紀以降になるため、13世紀に日本に来たマルコ・ポーロが目にした金はどこから得たものなのでしょうか。
これには2つの説があります。

1つ目が朝鮮半島から持ってきた金で作ったというもので、もう1つが1671年に廃山となってしまった玉山金山や茂倉金山から取ってきたというものです。
平安時代に建てられた金の建物である中尊寺金色堂などは、当時の金の献上資料から判断して玉山金山や茂倉金山から取ってきたという説が濃厚になっています。

日本で金採掘が盛んになったのは「佐渡金山」がきっかけ

誰もが一度は歴史の教科書などで「佐渡金山」という言葉を見たことがあるのではないでしょうか。
この金山は1601年に山師によって発見されました。
それ以前にも日本で金の採掘がおこなわれていましたが、この佐渡金山の発見以降急速に日本では金の採掘が進むことになります。

この佐渡金山は発見されてからすぐに徳川家康によって江戸幕府の直轄領に指定され、金を本格的に採掘するようになりました。
この当時の採掘方法には、簡単に採掘をすることができるとして有名な露天堀りが採用されていました。
この佐渡金山で採掘された金の量は、最盛期で年間400kgでした。

そしてこの金の採掘は江戸幕府が終わりを迎えるときまでの約270年間ずっと続き、その量は41トンにのぼると言われています。
この金は徳川幕府の財政を支える一役を担いました。

新しい技術の導入

明治政府になってからは、金の採掘に海外の進んだ技術を取り入れることにしました。
そうすることで採掘量を一気に増やすことに成功しました。
こんなにも政府が金の採掘量を増やしたかったのは、金本位制の貨幣制度をつくりたかったからだと言われています。

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現在残っている金山は菱刈金山と串木野金山のみ

それ佐渡金山は明治政府から三菱合資会社に売却が行われ、三菱の手によって機械化がすすめられましたが、その採掘量は限界を迎えて1989年には閉山を余儀なくされました。
現在日本において金の採掘ができる金山は鹿児島県にある菱刈金山と串木野金山のみとなっています。

まとめ

今回は日本における金採掘の歴史をご紹介しました。
かつてはさかんに採掘されていた金も、とても貴重な貴金属となり、取引相場は上がり続けています。
お手持ちの貴金属、地金のご購入など、お取引を検討される際はぜひお問い合わせください。

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